2003.10.04 up

被写体

 今日は宇宙戦士訓練学校の開校記念一般開放日2日目。俺・古代守は展示会場脇のテントで場内案内係をやらされている。
 来賓である軍のお偉いさんやOBが来た時は面倒くさいが一般の来校客には大抵は型どおりの案内をすればいいし、ヒマな時はただ椅子に座っていればいい。でもやっぱり接客は苦手だしけったるい。


「あのー、60式練習機の中の写真が撮りたいんですけど。」
 ほーらおいでなすった。高そうなカメラを持った中年男性。あのどでかいレンズ1本だけでン万、いやン十万するんだろうな。
「申し訳ありません。規則で内部の公開はしておりません。」
 俺は奥の方にしまいこんで何時使ったかすら覚えていない『愛想笑い』の埃を叩いてすばやく被った。
「それは向こうでも聞いたよ。でも折角遠くから来たんだから。何とかしてくれない?」
「申し訳ありません。規則は規則ですので。」
 俺の受け答えに不安を感じたのか一緒に案内係をやっている柴田麻実が
「60式は計器類の破損が酷い為現在は外部のみの公開となっています。」
と口を挟んで引き継いでくれた。
 暫く押し問答を続けたのち柴田が
「貴重な機体の保存にご協力ください。」
とお願いをすると共に”必殺スマイル”を炸裂させた。中年男性はまだ諦めきれないといった顔をしながらも、もと来た方へ歩いていった。
 あの手のマニアはほんのちょっと飛行機への愛が深すぎるだけで説明すればとりあえず解ってくれるのだがあれほどしつこいのもめずらしい。
「きっとまた向こうに戻って撮らせろって騒ぐのね。」
 柴田がポツリとつぶやいた。
 今の時間60式の見張り番は確か竹原だ。竹原、ご愁傷さま。


 この一件ですっかり体中がこってしまった。丁度訪れる客もぱったりと途絶えたのでテントの脇で伸びをしつつ肩など回していると
「写真撮らせてくださーい。」
という若い女の声がした。
 イヤーな予感がして振り向くと今度はカメラを持った高校生位の女の子が3人、キャイキャイ騒ぎながらやってきた。
「いっしょに写真、撮らせてもらえませんかぁ?」
「私と?」
「ハイ!」
 3人同時に帰ってきた返事に俺は内心頭を抱え込んだ。アイドルでもなければ有名人でもない、恋人でも家族でもない俺と写真をとって何が嬉しいのだろう。正直こういうのが苦手だ。傍目からは全くそうは見えないらしいが。
 困って辺りをキョロキョロ見渡すと丁度真田が場内警備で近くを巡回しているのが見えた。
「一緒に写真を撮るなら私なんかより彼の方がいいと思うよ。」
 俺は”助けてくれー”という念を込めつつ、真田の方を指差した。
 気配を感じたらしい真田はこちらを向いた。すると急にさも忙しい、忙しい、といった感じで足早に行ってしまった。その背中が
『俺に振るな、バカ』
と言っていた。
「じゃあ、私が撮りましょう。」
 勝手に話を進めた柴田がありがとうございますと口々にいう女の子の輪の中に入ってカメラを受け取ると俺の方に来てそっと耳打ちした。
「訓練学生とはいえ、防衛軍の一員として広報も大事な仕事よ。」
 わかっているさ、そんな事  腹をくくった俺は彼女達と3枚ほど写真を撮った。
 出来上がった写真を送りますね、といいつつ去っていく女の子3人組を見送りながら
「もっと笑ってあげたらよかったのに。」
と柴田がいった。俺に向けた顔がニヤニヤしている。
 笑ってやってもよかったが、彼女らが昨日もやって来て栗木の奴と一緒に同じように写真を撮っていたのを俺は知っている。


 交代の時間まであと30分。またお客が来たので俺達はテントに戻った。
 再び展示物の場所や訓練展示の時間などを案内していると、来客が切れたのを見図るかのように今度は初老の男性が遠慮がちに声を掛けてきた。
「あの、写真を撮らせて頂けますか?」
 正直、もううんざりだ。でも今度は柴田がご指名だからまあいいか。俺は隣の柴田に声を掛けようとすると男性は
「いえ、女性のかたではなくて、その、あなたを・・・母が・・・。」
とやはり小さな声で言った。
「えっ?」
 てっきり柴田だと思ったのに予想外の話で俺が驚いていると、男性の後ろから小柄で着物姿の上品そうな老婦人が姿を現して会釈した。
「実は私の亡くなった父もこの学校の卒業生でして。父と母が出会ったのは父の訓練学生時代、こんな風に一般開放の時だったそうです。」
 男性が話している間老婦人はずっと俯いていた。
「父との思い出の品は訳あってすべて失ってしまったので、時間を見つけては父との思い出の場所を母と二人で尋ねていまして。それで今日はこちらに伺いましたら母が急に『お父さんがいるから写真を撮りたい』と言い出したものですから。」
 男性がここまで話すと老婦人はようやく顔を上げて静かに話し出した。
「遠目に見たときも似ていると思いましたけど、こうして近くで見ても初めて出会った時のお父さんにほんとそっくり。・・・年寄りのわがまま、聞いてくださるかしら。」
「ええ、どうぞ。」
 俺の返事を聞くと老婦人は嬉しそうに微笑んだ。男性からカメラを受け取りしばらく使い方を聞いた後ファインダーを覗いたがやがて
「やっぱりカメラはいいわ。」
というとカメラを男性に返した。そして俺に向かって言った。
「さっきみたいに椅子に座って頂けるかしら。少し斜めに・・・両手を机の上に乗せて。そう・・・。」
 俺が言われたとおりにすると、老婦人は
「そのまま暫くこちらを見ていて下さる?」
といった。


 時間は2、3分位だろうか。俺にはもっと長く感じられた。どんな顔をしたら良いかさっぱり判らない。じっと見つめられてひたすら面映かった。でも   嫌な気はちっともしなかった。
 その間老婦人はずっと何かに思いを巡らせるように穏やかな笑みを浮かべていたが最後にポロリと一粒、涙をこぼした。そして一言。
「どうもありがとう。」


 何度もこちらを振り返って頭を下げながら帰っていく二人を見送っていると柴田が
「もう交代の時間よ。」
といって手に持っていた缶ジュースのうち一本を俺に渡した。
「”撮られる”っていうのも、たまにはいいもんでしょ?」
「まあね。」
と俺は答えた。




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