2003.02.11 up/2003.04.09 第3改訂

羅針盤

 ふと見ると右舷の窓、その隅の方に星々の海に混ざって遠ざかっていく戦艦のメインノズルと航行灯の明かりがちらりと見えた。
「旗艦、戦域を離脱しつつあり。全ガミラス艦は方向を転換し我方に向かってきます。」
「ん。」
レーダーマンからの報告を聞き、ガミラス艦隊の予想通りの行動に守は軽く頷く。レーザーで敵を挑発しつつ回頭を完了して自艦のコンパスの針が沖田の艦の方向とは正反対を指したのに目を止めると
「どうやら沖田さんの艦は無事冥王星々域を抜け出せそうだな。」
と呟いた。
 2199年8月、地球の命運をかけた冥王星会戦はガミラス艦隊の圧倒的勝利で終わろうとしていた。地球側最後の艦隊である日本艦隊も残るは旗艦である沖田司令の戦艦と護衛についていた駆逐艦『ゆきかぜ』の二隻のみになっていた。『ゆきかぜ』の艦長・古代守は、勝負が決したのを悟った沖田の撤退命令に逆らって戦場に留まったのである。
「死ぬなよ、古代。」
 それが沖田からの最後の言葉だった。
 
「残りのミサイルは?」
「あと9発です。」
 守はミサイルの残数を改めて確認した。敵を引き付けるには十分な数だ。
『ゆきかぜ』には光線砲も小口径三連装の砲塔が2基、装備されている。ガミラスとの開戦当初こそ威力のあった火器だが敵の艦船の装甲が格段に強化された今では出力不足は否めない。
 それに比べて古典的火器であるミサイルは熱誘導の為、赤外線を発する敵艦のメインノズルを標的とする。着弾までの時間、火力共に光線砲に劣ってはいても命中すればエンジン関係を中心として相当のダメージを与える事が出来た。今では攻撃の要である。
 守には確認する事がもう一つあった。
「機関長、艦の状態はどうですか。」
「艦体にこれといった被害はありませんが――エンジンは相変わらずご機嫌斜めですよ。」
「どのくらいまで出せますか?」
「八割方ってところでしょう。ただエンジン温度が高目ですからね。何時まで持つか。もっとも故障の内容を考えれば飛んでいるほうが不思議ですがね。」
 機関長は他人事の様にいって肩をすくめた。艦内に響いてくる、軋むような音は守の耳にも『ゆきかぜ』が悲鳴を上げているように聞こえる。
 この間修理の為ドックに入った時も守の同期である技師長の真田志郎からは最後まで芳しい返事は無かった。きっと真田自身が納得できるような修理は出来なかったのだろう。
 それでも平時ならとっくに用廃になっていてもおかしくないほどぼろぼろだった『ゆきかぜ』がまがりなりにも戦えるようになったのは真田をはじめとする第3ドック作業員のお陰で守はただただ感謝するばかりだった。
 前回の戦いでは燃料漏れを起した。今回は会戦の直前にエンジンの圧力弁の一つが抜け、冷却液の循環ポンプが故障した。どれもとりあえず応急処置をしてはあるがもう長い時間航行できる状態ではなかった。
 沖田にはなんとしてでも生き残って欲しい――故障の報告を受けた守は一つの決断をして決戦に望んだ。皆も守の決断を受け入れてくれた。それでも沖田司令の教えに最後の最後に背いてしまったこと、また『ゆきかぜ』の乗組員ことを考えるとやはり心が痛んだ。
 戦闘に入ってからは『ゆきかぜ』は故障を抱えているのがウソのように飛び続けた。それは『ゆきかぜ』という名前が持つ、強運なのかもしれない。
「あともうひと頑張りしてくれ、『ゆきかぜ』。」 
 守は口の中で小さく呟いた。
 艦橋の窓からは距離を詰めてくるガミラス艦からの砲撃が次々と艦体をかすめていくていくのが見える。
「こちらの標的はガミラス艦隊旗艦だ。しっかり狙え!」
 指示を出す守の脳裏に、不意に弟の進の顔が浮かんだ。

 進と会ったのもあれが最後になるのか・・・



 今から半年ほど前、『ゆきかぜ』が故障の修理と補給の為急遽関東方面基地に立ち寄った時の事である。この基地は放射能汚染で地下化していく基地にあって今では僅かになってしまった地上基地であった。ここでも真下では基地機能を移す為の準備が進んでおり、地上から姿を消すのもそう遠くはない。
 その日は『ゆきかぜ』と入れ替わるように出航する『はまかぜ』で進が宇宙戦士訓練学校最後の実習訓練が行われる地球防衛軍火星観測基地へ旅立つはずだった。しかしその『はまかぜ』は一向に出航しなかった。

 作業はちょうど昼時にかかった。夕刻には出航予定なので乗組員には交代で食事を取らせ、自分は指示を出したり各部署を見回ったりする合間に補給長が調理員に命じて差し入れてくれたおにぎりをほおばった。
 機関長が言ったとおり故障箇所は部品ごと交換することで直り、補給物資の搬入も順調との報告を受け、守が艦橋でホッと一息ついた時、3番バースに停まったままの『はまかぜ』の艦長から通信が入った。
 普段入港すると艦長同士でガミラスの動向や宙域の様子等の情報交換をする。勿論それらのデータは地球防衛軍に報告されデータベース化されていた。それゆえ端末から繋げばあらゆるデータを検索できるが、データベースに載って来ない些細な話≠ェ重要な事も多い。
「艦橋に繋ぎます。」
 通信士の声と共に『はまかぜ』の艦長が早速話し掛けてきた。
「相変わらずあっちこっちに駆り出されているようだな。」
「それは『はまかせ』も一緒でしょう。」
「こう、まともに動ける艦が減ってきているのでは仕方のない事ではあるだが。まあ、忙しい方が余計な事を考えなくて済むからいいよ。」
 暫しお互いの状況を話し、それが一区切りついた時守は
「あの、そちらに同乗する訓練学生はどうしていますか。」
と遠慮がちに切り出した。
「ははは。弟さんの事だろう?いつ聞いてくるかと思っていたよ。」
 苦笑している『はまかぜ』の艦長は守が何を気にかけているか察していたようだった。レーダーの修理が手間取り出航時間が延びた間に訓練学生二人は一旦艦隊司令部に呼び戻された事、おそい昼飯を向こうで摂ると言うので今ごろは厚生センターにいるであろう事を告げた。そして進に会えるよう連絡しようかという申し出を守がやんわりと断ると
「こんなご時世だ。肩肘張らずに、弟とちゃんと顔を合わせておけよ。」
と念を押した。

「艦長、この辺で休憩を取られた方がよろしいのでは?」
 通信を終えた後そのまま仕事に戻ろうとする守の背中に向かって先任士官が言った。
「修理はほぼ終わりましたし補給作業も進んでいます。ここは我々に任せて。そうだ、厚生センターのコーヒーが美味しくなったって聞きましたから行ってみてはいかがですか?」
「しかし。」
「それとも我々だけでは心配ですか?」
「いや、そういう訳では―」
 穏やかな眼差しでこちらを見る、目上の先任士官の言葉に守は暫し沈黙した後
「すまないな。それじゃあ少し休ませてもらうよ。何かあったらすぐに連絡をくれ。」
と言い残すといつもより大またで艦橋を出て行った。
 艦橋に残された先任士官と通信士は守の後ろ姿を見送りながら、全くうちの艦長はこういうところは妙に生真面目なんだから、と軽くため息をつきつつ笑った。

 『はまかぜ』の艦長が言った通り、進は厚生センターの食堂にいた。訓練学生の制服はこの実戦部隊の基地の中ではよく目立つ。
 近づいてみると食事はあらかた終わったらしく、食器を脇に除け、テーブルを挟んで向かい側に座った学生との真ん中に置かれた電子ファイルを覗き込んで話しをしていた。
「進!」
 守がかけた声に最初に気が付いたのは向かい側の学生だった。指先で進の左手を軽く突付くと顎先で促した。
「兄さん?」
 振り向いた先に守の姿を見た進は驚いた声をあげて立ち上がった。が、すぐに連れが守の顔と驚いたままの自分の顔を交互に見ているのに気が付いて説明した。
「あれ、俺の兄貴なんだ。」
「あの、駆逐艦の艦長をしているっていう?」
 以前話に聞いて知っていたらしいその学生は納得したような声を上げた。
「久しぶりだな。進。そちらは?」
「火星で一緒に訓練を受ける航海科の島大介。」
「島です。」
 島大介と紹介された利発そうな学生は立ち上がって守にペコリと頭を下げた。聞き覚えのある名前だ。
(そうだ、進の話にいつも出てくる、聞いただけでは仲がいいのか悪いのか解らない同期生の名前が確か…。)
「進の兄です。―そうか、君があの島君か。」
「兄さん!」
「…」
 守が思い出して笑うと余計な事を言うなといわんばかりに進が噛み付くの同時にいったいどんな事を兄貴に話したのかと言いたげに島が顔をしかめた。
「休んでいるところを邪魔して悪いね。少し一緒に話して良いかい?」
二人の反応を楽しみつつ二人に座る様促した。進は守の隣に座ったが島は
「いえ、僕は寄りたいところがありますのでこれで。」
と立ったままで軽く会釈した。そして二人分の空食器をトレーに載せて手にすると
「じゃあな、古代。再乗艦は一四〇〇だからな。忘れるなよ。」
と声をかけた。
「解っているよ。いちいちうるさいぞ。」
「お前がそそっかしいからだよ。」
「お前の方こそ人の世話焼きすぎて遅れるなよ。」
「それこそ大きなお世話だ。」
 自分がいるにもかかわらず飾り気のないやり取りの二人を見ていた守はふっと笑うと改めて
「進の事をどうぞ、よろしく。」
と島に頭を下げた。
「あ、は、はい。こちらこそ・・・。」
 思いがけず丁寧に挨拶された島はしどろもどろに返事を返すと進には目で挨拶をしてテーブルを離れていった。

「気を使わせて悪かったかな。」
 島を目で追いながら呟く守に、気にする事はないよ、と答えた進は続けて言った。
「それよりも、兄さん。あんまりバカ丁寧にするから島が困っていたじゃないか。」
 気恥ずかしいのか少し咎める様な口調だ。
「弟の大切な友達にちゃんと挨拶するのは兄としては当然だぞ。」
「そんな事、 第一俺と島は―」
「思った事を言い合える相手はそうそう出来るもんじゃないからな。大事にしろよ。」
 座りながら諭すように話し掛ける守に視線を外し煩そうにしていた進はそれでも返事だけは、うん、と素直に返した。
「でも嬉しいよ。出発前に会えて。」
 話題を変えるように明るく言って進は守の方に向き直った。その笑顔が昔とちっとも変わっていない事が守には嬉しい。
「『ゆきかぜ』が来たのは知っていたけどまさか勤務中の兄さんが会いに来てくれるとは思っていなかったから。」
「厚生隊のコーヒーが美味いって艦の連中に進められたから休憩中に飲みに来ただけだ。」
「そういう事にしておくよ。」
 守は若くして駆逐艦の艦長になってからというもの、自分の艦の乗組員と親族の面会には極力便宜を図ったが自分自身はといえば滅多に、特に進が宇宙戦士訓練学校に入校してからというもの年に2回か3回しか会わなかった。ただでさえ地球を離れている事が多い上に短期の入港の時はずっと艦につきっきりだったからだ。この事については進から前に一度、問われた事があった。その時は、一乗組員と艦長とでは違うのだ、と答えた気がする。進がどう受け取ったかは解らないが同じ問いを二度と口にする事はなかった。

「兄さん、今度はどこへ行くの?」
「輸送船団の護衛で月までだ。」
「『はまかぜ』も火星からの氷と鉱石の輸送の護衛だっていうし。俺・・・今飲んでいる水がそんな遠くから運ばれていたなんて知らなかったよ。」
 この時代、地球の資源は水も含めて枯渇しつつあった。正確には放射能汚染により人類が利用できるものが殆どなくなっていたのだ。そこで太陽系で何とか基地を維持出来ている月と火星から採掘した鉱物や氷をガミラスの攻撃の間隙を縫って細々と運び入れているのである。とはいえその量は微々たる物で到底不足を補えるものではなかったが。
「そういえばこの間寮で掃除の後洗面所の蛇口をきっちり締めなかった奴がいてこっぴどくしかられたよ。そのあと…」
 寮の生活、訓練での出来事、休日に出かける地下都市の様子。二人が会うと進がよく喋り、守が聞き手に回る事が多い。昔は兄の話を色々と聞きたがったが今は自分が話したい事がいっぱいあるようだ。それだけ弟に寂しい思いをさせているのかと思うと胸が痛む。しかし進の話を聞いていること自体は心地よく、守が大切にしたい時間だった。

 守は、ふと、先ほど進と島が覗き込んでいた電子ファイルがテーブルの上にそのままになっている事に気が付いた。
「あ、これ?今度の火星での訓練内容が入っているんだ。」
 守の視線の先にあるものを進がそういいながら手元に引き寄せた。
「島が『向こうへ行ったらなんでも二人でこなさなければならないから心配だ』って言うから何回も確認していたんだけれど。」
「見てもいいかい?」
「うん。構わないよ。…俺はなるようにしかならないと思うんだけれどなぁ。」
 進の、これも昔とちっとも変わらない楽天的なセリフに内心苦笑いしながら守は電子ファイルの端についているタッチパネルを操作してページをめくった。
「・・・へー、今でもこんな事をやるのか。」
次々に切り替わる内容を斜め読みしていると自分の訓練時代が思い出されてくる。
 と、急に守の手が止まった。
(人工地震波を使っての地質調査に光学分析による大気組成の検証、土壌に生息する微生物の培養実験?)
「なんか直接実戦に関係なさそうな訓練も結構あるんだ。」
 進の言葉を聞きながら守はファイルを操作する指から血の気が引いていくのを感じた。

『地球は助からない。もう手遅れだ。』

一体いつ頃誰が言い出したのかは解らない。気が付くと地球艦隊の艦長の間で声をひそめて実しやかに語られる噂話だ。
  遊星爆弾攻撃で大地は焼き尽くされ、放射能汚染は地表面どころか地下にまで及んでいる。地球はもう人類にはどうする事も出来ないほど病んでしまった。たとえガミラスの侵略を退けても残っているのは死滅への道だけだというのだ。
  人類が生き延びるには地球を捨てて宇宙に新天地を求めるしかない。世界各国の間で脱出の為の計画も練られているらしい。そんな話も聞こえてくる。
 そんなバカな!ガミラスを追い払い、元の青い地球に住める日が来る事を信じて皆戦っているのではないか。 移住すると言ってもいったい何処へ?しかもどう考えても人類全てを乗せるだけの船はない。残された者はどうなる?
  守は赤い地球を見る度に心にかかる黒い影を振り払うように宇宙を駆けてきた。だが進たちがこれから受ける訓練の内容は、無言のうちに真実を守に突きつけている気がした。

「どうしたの?」
 険しい表情のまま黙ってしまった兄を心配した進が声を掛けた。
「いや、やっぱり俺が昔月面で受けた最終訓練とは一味違うなと思ってさ。さすが火星までいって行うだけのことはあるよ。」
守は何とか作り笑いを浮かべてファイルを進に返した。
「探査や調査ばかりだぜ。」
「嫌いか?」
「別に嫌いじゃない。けど・・・」
「けど?」
「早く兄さんと一緒に戦いたいんだ。」
進は守の目を見据えていった。
「兄さんに比べれば俺なんてまだまだだけど。」
「進…」
「何もしないで後悔するのは、もう、嫌なんだ。」
 守も進の目を見た。
(父さんと母さんの事をいっているのか?)
 二人の両親は6年前に遊星爆弾の攻撃で亡くなっていた。基地まで面会に来た進に守が『両親の事を頼む』と言ったその日に。
 守は、宇宙戦士へ志願しないかと誘ったのを断った進が気にしない様にとかけた一言のつもりだった。それなのに結果的にはその後の進に大きな影を落としてしまった。
 進は視線を少し下げると言葉を続けた。
「本当はちょっと不安なんだ。こんな俺に何が出来るのかなって。でも何もしなければ何も変わらないじゃないか。…だから今の俺に出来る精一杯の事をやろうって決めたんだ。そして兄さんの力にはなろうって。」
 進はしんみり聞いている守に気が付いて気分を変えるように
「まずは学校を卒業して宇宙戦士にならないと話にならないからね。その為にも火星で頑張ってくるよ。」
と弾んだ声で言った。
(そうか、それが進の出した『結論』か…)
 守にはいつになく真剣に話す進の姿が急に眩しく感じられた。そこにいたのは先程までの、昔幼かった頃の面影を残す弟ではなくこれから自分の道を切り開こうとしている一人の“男”だった。
「あ、もうそろそろ行かなくちゃ。」
 進が時計を見て慌て出した。
「これからは当分“風紀委員”と24時間一緒だからね。初日から遅刻すると後々うるさいから。」
「風紀委員って島君のことかい?」
「他に誰がいる?」
「ひどい言いようだなぁ。それにそこまで慌てなくてもまだ余裕があるんじゃないか。」
「島の言う『定刻』って言うのは『定刻五分前』の更に5分前なんだ。」
 進は笑いながら身支度を整えた。
「今日は本当にありがとう。兄さん。見送りはいらないよ。」
「そうか。元気でな。しっかりやれよ。」
 守の言葉を背中に聞きながら行きかけた進が急に立ち止まってこちらを振り返った。訝しげにみる守の前で姿勢を正し、右手の握りこぶしを左胸に当てて宇宙戦士として敬礼をすると
「古代進候補生、訓練の為只今より火星観測基地に向けて出発します。」
とハッキリした声でいった。
 守も立ち上がって帽子を被ると、防衛軍の指揮官の一人として挙手の礼で答礼した。それを見た進はニッコリ笑うともう二度と振り返る事なく、去っていった。
(礼をいうのはこっちだよ、進。俺も迷わず今俺自身が出来ることに全力を尽くす。人類がどんな選択をするにしてもガミラスを避けて通るわけにはいかないのだから。)
 守はずっと進の背中を見送っていた。



 守が想いを馳せたのほんの一瞬であっと間に現実に引き戻された。ガミラス艦隊からのレーザーが『ゆきかぜ』を貫く。2発、3発。
艦橋では被弾の衝撃と同時に警告音が次々と鳴り出しパネル上の赤いランプがどんどん増えていく。
「第1科員室付近被弾!隔壁閉鎖!」
「動力伝道系統に異常。予備に切り換えます。」
「上部砲塔出力45%、下部砲塔は出力15%にそれぞれ低下!」
「下部砲塔の動力供給カット。上部砲塔へ回せ。」
 各々が損害に手早く対処していく。しかし警告音が増える事はあっても鳴り止むことは無かった。
 全ガミラス艦は砲撃しながら『ゆきかぜ』の周りを取り囲むように集まってきた。もはや逃げていく地球艦隊旗艦への関心は全く無くなったようだ。
守の思惑通りに戦況は進み、攻撃にさらされながらも『ゆきかぜ』はミサイルとレーザー砲でガミラス艦に応戦する。しかしあまりにも相手が多すぎた。
「機関室付近に被弾!」
機関長の報告と被さるように別の声が守の耳に入った。
「ミサイルの残数、ゼロです。」
(万事休す、か。)
 砲術員からの報告に艦橋内を改めて見渡すと、目に入るあらゆる制御盤が赤いランプで埋め尽くされ、もう、手の施し様がない事を示していた。
 守は激しい被弾の衝撃で飛ばされてしまった帽子を拾った。もう宇宙空間を漂うことしか出来なくなった『ゆきかぜ』の最後を見届けるかのようにガミラス艦隊の砲撃も止んでいる。
 レーダーマンの後ろからパネルを覗き込むと沖田の艦はレンジ外へ離脱し終ったようで『ゆきかぜ』のレーダーからは消えていた。それを確認するとおもむろに艦内無線を全艦放送に切り換えてマイクを取った。気が付くと会戦前にはめた白い手袋が赤く染まっていた。
「旗艦は戦域からの離脱を無事完了し本艦は護衛隊としての任務を全うする事が出来た。ありがとう。」
 守はマイクに告げると、艦橋の全員が万感の想いを込めて煤と血で汚れた顔を守に向けた。

 帽子を被り直した守の目に左舷の窓の隅に太陽が小さく、しかしどの星より光り輝くのが映った。あの方向に地球や進たちのいる火星、そして沖田の乗る地球艦隊旗艦の後ろ姿もあるはずだった。
(沖田司令!)
守は、今はもう星の海に溶けて見えなくなってしまった沖田の艦に向かって敬礼した。



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