2003.04.12 up

手紙

 筆不精な兄さんから手紙をもらった。
 島と二人で火星から地球に帰ってきたその日、地球防衛軍司令部に報告に行った後宇宙戦士訓練学校に戻った時に土方教官から渡されたのだ。
「艦隊司令部に預けられていたそうだ。・・・明日から忙しくなるから今日はゆっくり休みたまえ。」
 教官室で渡された兄さんからの手紙を、俺は学生寮の自分の部屋に戻るとそのまま机の引き出しにしまい込んだ。そして傍らのベッドに身体を投げ出すように寝っ転がった。
「いいのか?読まなくて。」
 同室の島が心配して声を掛けてくれたのに俺は
「お前には関係ないだろう?しばらく放って置いてくれ。」
とぶっきらぼうに答えた。島は更に何か言おうとしたようだったが背を向けたままの俺を見て押し黙ってしまった。

 土方教官の言葉通り、翌日からはめまぐるしい忙しさだった。
 忌引きの3日間は、駆逐艦『ゆきかぜ』艦長・古代守のただ一人の遺族として防衛軍葬に参列したほか色々な手続きや兄さんが官舎に残した私物―大して物は置いてないかったが―の整理なんかであっという間に過ぎてしまった。訓練学校に戻ってからもほったらかしにしておいた火星で使っていた物を片付けつつ、資料と格闘しながら実習のレポートを必死にまとめる日々が続いた。間に合わないかとも思ったけど、先にレポートを仕上げた島がさりげなく気を回してくれていたお陰で何とか期限ギリギリに仕上げる事が出来た。
 レポートを提出しほっとして自分の部屋に戻った時、兄さんからの手紙をまだ読まずにそのままにしている事を思い出した。俺は机の引き出しから封をされたままの手紙を取り出し、机の上において暫く眺めていた。封筒の表には『古代進殿』の宛名書きが、兄さんらしいきっちとした字で書かれている。
 直接俺に送られたのではなく艦隊司令部に預けられていたということで、どういう類の手紙であるか容易に想像できた。それでも今まで封を開けられないでいた。
 兄さんの戦死を告げられた時、所属艦隊の司令である沖田提督をなじっている時、葬儀で兄さんの遺影を抱いている時・・・俺は頭の片隅でぼんやり考えていたのだ。もしかしたら兄さんが死んだというのは何かの間違いで、いつかひょっこり元気に帰って来るのではないかと。だから、この兄さんからの手紙を読んでしまったら兄さんは本当に帰ってこないような気がして怖かったのだ。
 やっぱり読まないといけないよな―俺は意を決するとハサミで丁寧に封を開けた。


 出撃を前にゆきかぜの自分の部屋でこの手紙を書いている。俺にもしものことがあったらお前に届けてくれる様頼んでおくから、お前がこの手紙を手にしたということはそういうことだ。
 俺は今度の戦いに全てをかけるつもりだ。その前にどうしてもお前に言い残したい事がある。

 進、許してくれ。
 父さん母さんが死んで兄弟二人きりになったのに 俺はお前のそばにいてやる事が出来なかった。今また お前を置いて行かねばならない。
 これまでお前に兄らしい事は何一つしてやれなかった。父さん母さんの事もお前に背負い込ませてしまった。
 そんな俺が最後に出来る事はお前の幸せを祈る事だけだ。何を今更とお前は怒るかもしれない。それでも俺は祈らずにいられない。
 お前の人生が幸せであるように。本当に心を分けて共に歩める人が現れるように。
 願わくばお前も祈ってほしい。
 俺達の出撃が地球の輝かしい未来への礎になるようにと。

 生きのびろ!進。いつまでも元気で。
 
弟 進へ
                                     不肖の兄 守より


「今更・・・自分勝手だよ・・・兄さん・・・。」
 読み終わった俺にふつふつと怒りに似た感情が湧いてきた。
 俺は小さい時から、自信に溢れてグイグイ進む兄さんの背中を必死に追いかけてきた。なのに兄さんは宇宙戦士になる事を決めると試験を受けて一人でさっさと訓練学校に入ってしまった。僕の事などお構い無しに。
 今度もやっと兄さんと一緒に戦えると思った矢先に俺を一人ぼっちにしておいて『許してくれ』だなんて。
「誰が許してやるもんか!ばかやろう!!」
 俺は叫ぶと手紙をくしゃくしゃに丸めて床に投げつけた。
「古代、どうした?」
 俺の声は部屋の外まで響いたらしく島がびっくりして飛び込んできた。そして両手を握り締め、身体を震わせながら唇をかみ締めて俯き立ち尽くす俺を暫く呆然と眺めていた。
 やがて島は床に転がった紙くずを見つけると拾い上げた。広げて中を一瞥し、兄さんからの手紙だと気が付くと机の上でしわを丁寧に伸ばしてきれいにたたみ直してくれた。そしてまだ俯いたままの僕の手をとり手紙を握らせて言った。
「大事なものだろう。」
 ぽつん。ぽつん。
 しわくちゃになった手紙の上に雫が落ちた。息が詰まった。俺は自分でも気がつかないうちに島の前で泣いていたのだ。
「絶対に許さないから・・・だから帰ってきてくれよ、兄さん。」
 言葉とは裏腹に兄さんが死んでしまった事を、この世界の何処にも兄さんはいないのだと俺はこの時ようやく実感した。

 全ての訓練を終えた俺と島は簡単な卒業式を経て宇宙戦士になった。すぐに新造された宇宙戦艦―ヤマト―に配属され、それぞれ部門の長になった。
 ヤマトに乗って14万8千光年という遥か彼方への航海の終点・イスカンダルで待っていたのは女王でこの星の最後の一人となったスターシャさんとそれから・・・死んだはずの兄さんだった。ガミラスの捕虜になった兄さんを乗せた宇宙船が遭難し、漂流しているところを彼女に助けられたというのだ。
 ヤマトが放射能除去装置の部品を積み込む為に停泊した一ヶ月の間、兄さんと俺は兄さんが訓練学校に入って以来本当に久しぶりに長い時間一緒に過ごした。そしてそれはこれからもずっとずっと続くものだと思っていた。
 なのに、ヤマトへお別れの挨拶に来たスターシャさんを俺と兄さんそしてユキの3人でタラップまで見送り、いよいよ地球に向けて出発するという時になって兄さんはヤマトを降りてしまった。
「兄さん!」
 驚いた俺がヤマトのタラップを駆け下りる兄さんに向かって叫ぶと兄さんは立ち止まって振り向いた。
「進・・・許してくれ!」
 兄さんが俺に許しを請うのは2度目だった。辛そうに俺を見上げていた兄さんは今度も俺の返事を待たずにタラップの残りを一気に駆け下りると、海に浮かぶランチャーで一人涙を流すスターシャさんを抱きしめた。俺は呆然と兄さんとスターシャさんを見ているばかりだった。
「・・・兄さん、元気でね!」
 気が付くといとおしそうに肩を寄せる二人に向かって俺は叫んでいた。
 いつも勝手な兄さん。でも自分の為じゃなくて他の誰かの為に頑張っていた兄さん。その兄さんがスターシャさんとこの星に残る事―それはきっと兄さん自身にとっての幸せなんだね。兄さんが幸せなら、それでいい。

 ランチャーに乗って去っていく二人に笑顔で手を振った俺だったが、これが兄さんとの今生の別れかと思うと寂しさで胸が少しつまった。
「さあ、俺達も行こう。」
 隣でずっと寄り添ってくれていたユキに声をかけると、彼女はこくんと頷いた。スターシャさんによく似たその面差しからこぼれた微笑は、俺の心をすっぽり包み込んで暖めてくれた。
 俺は大きな声で号令をかけた。
「地球に向けて出発!」


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