2003.07.08 up

食堂の王様

 ヤマト艦内時間1630。食堂に乗組員達が三々五々集まってくる。
 閉鎖された空間での生活の中、食事は数少ない楽しみの一つで本来一番活気づいている時間のはずなのだが、乗組員達は一様に言葉少ない。理由は唯一つ。食事に全く期待が持てないからだ。
 以前から厳しかったヤマトの食料事情がいよいよ切迫してきた為今日行われた生活班による食料調達に期待がかかっていた。しかし事前調査に向かった生活班長の森雪とアナライザーがトラブルに巻き込まれた上に調査対象の惑星の原住民が支配していたガミラス人に対して反乱を起したので食料採取どころでは無くなってしまったのだ。
 しばらくするとひときわどんよりした一団がやってきた。第二艦橋に詰めていた、太田をはじめとする航海班のメンバー達だった。彼らは生活班から依頼を受けて食料調達可能な惑星を捜しており、少なくとも次の調査対象惑星に到着する明後日までは、もしそこがダメなら当分食糧事情が善くなる事は無いことを知っているのだった。
 第二艦橋のメンバーは食堂の隅のテーブルにまとまって座ると昼食を食べ始めた。最初は黙って機械的に食べ物を口に運んでいたがそのうち少しづつ愚痴がこぼれてきた。
「今日の夜もぱっとしないなぁ。」
「メシが楽しみだっていうのに。」
「まったくだ。」
「ハンバーグもなぁ、合成タンパク肉よりはマシだけど。」
「この紐みたいのなんだろう?」
「本当に紐だったりして。」
「おい、冗談に聞こえないからやめろよ。」
「艦はメシが美味いっていうから航海科を志願したのに。」
「なんだ、メシが目当てかよ。」
 ぼそぼそ皆で話している中、林は隣に座っている太田だけが話の輪の中に入らず黙々と食べているのに気が付いた。
「太田もメシが目当てのクチだろう?」
 林が話を振ると太田は
「まあな。」
とそっけなく答えた。そして食事を綺麗に平らげると
「それは紐じゃなくて芋がらだ。・・・皆、メシ、ちゃんと味わって食えよ!」
といった。
 第二艦橋の他のメンバーが呆気に取られる中、太田は空のトレーを手に席を立った。


 昼食を取る乗組員の様子を厨房の中から眺めていたコック長の新谷はノロノロと後始末をしている調理員達に向かって怒鳴った。
「手の空いているものは手早く片付けて明日の準備にかかれ!いつもより時間がかかるんだからな。」
「・・・はい。」
 返事はするものの相変わらず覇気の無い調理員達に溜息をつきながら新谷は先程の食料会議の終わりに雪と交わした言葉を思い出していた。

『本当に申し訳ありませんでした。』
『生活班長、もうよしましょう。皆言っていたでしょ?貴女のせいじゃないって。これからの事を考えましょうや。』
『でも。』
『生鮮食品が補給出来なかったのは確かに痛いですが、今あるもので何とかして見せますよ。まあ腕の見せ所ってところですかね。』
『・・・コック長、よろしくお願いします。』

(請け負ったものの、やはり厳しいな。)
新谷は再び溜息をついた。


「ご馳走さま!うまかったよ。」
 その声に新谷が我に帰って振り返ると太田が馴染みの調理員に声をかけて食堂を出て行くところだった。新谷は急いで通路に出ると第ニ艦橋に戻ろうとしていた太田を呼び止めた。
「太田君!ちょっと。」
「コック長?・・・何っスか?」
 意外な人物に声を掛けられて、太田はビックリしたように振り返った。
「本当に美味しかったのかね。」
「美味しかったかって   ええ、本当です。」
 何時になく真剣な新谷の言葉に太田も真顔で答えた。
「合成タンパクで今日のハンバーグ以上の味を出すのは難しいと思います。下ごしらえに相当時間を掛けたんじゃないですか?」
「気が付いていたのかね。」
「はい。」
 太田は頷くと言葉を続けた。
「他のメニューだって乏しい材料の中で俺たちがなるべく美味しく腹いっぱい食えるように工夫されてたし・・・。俺、コック長達のそういう心配りがありがたくて何よりうまかったです。」
「太田君・・・。」
「俺達航海班も頑張って食いもんのありそうな星を捜しますからコック長ももう少し辛抱してください。」
 太田は新谷にペコリと会釈して第二艦橋に戻っていった。
 太田の後姿を見送っていた新谷が気配を感じて振り向くと、いつのまにか調理員達が通路に出ていて新谷と同じように太田を見ていた。先ほどまでとはうって変わってどの顔にも明るい表情が戻っていた。
(どんなに叱咤激励するより『おいしい』の一言が我々には効くんだよな。)
 新谷は口の中で小さく呟くと太田の後姿に向かって頭を下げた。


 程なくして食料調達可能な惑星を発見し、ヤマトでもまた以前のように様々な料理が出されるようになった。活気の戻った食堂の隅のテーブルで太田が夕飯を食べていると
「太田君、私が作ったまかない飯だが食べてみるかね?」
と声を掛けられた。気が付くと横に皿を持った新谷が立っていた。
「頂きます。」
 新谷は太田の左側に立つとまるで王様に給仕でもするかのように丁寧に皿を置いた。太田も優雅にフォークを操り料理を口に運ぶとじっくり味わうようにかみ締めた後、
「うまい!」
と呟いた。
 その様子を見た新谷は満足げな笑みを浮かべると厨房へと戻っていった。





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