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2004.03.17 up
嘘
私は嘘をついた。
ヤマトへの乗り組みが決まった直後、沖田艦長に呼び出されて艦長室に行った時。
「艦内恋愛・・・ですか?」
「そうだ。こういった閉鎖的な空間では思わぬ火種になる。理性で割り切れない部分があるだけにな。」
「・・・はい。」
「とはいえ人の心にカギをかけて閉じ込めることは出来ないのも事実だ。だから支障が出そうな場合には当事者のどちらか若しくは両方を移動させるのが不文律になっている。」
「・・・」
「しかし今度の作戦航海の場合は地球を出たら最後、再び地球へ戻るまで、途中でヤマトから降ろすという訳にはいかないのだ。」
「私に艦を降りろという事ですか?」
「・・・君は優秀で防衛軍は人材不足だ。しかしその辺の配慮が出来ないようならば乗り組みを解除せざるを得ない。艦の為にも。君自身の為にも。」
「改めて自覚しろ、と?」
私の言葉を聞いた沖田艦長が一瞬悲しそうな、哀れむような眼差しを私に送った。
「そうだ。乗り組み員に女性は、森君、君1人なのだから。」
「解りました。私が乗り組む上でのリスクは理解しているつもりです。十分に配慮します。」
私は『つもり』なだけで、本当のところを何も理解していなかった。
沖田艦長の眼差しの意味も。
私は、また、嘘をついた。
イスカンダルからの帰り、バラン星を通過してすぐのあの日の午後。
「さっきから困るって言ってるじゃないですか。もう医務室に行かないと。」
「なぁ、手を握るくらいならいいだろう?」
古代君や島君達と昼食をとった後若い砲術員に呼び出されて。
以前はアナライザーにスカートを捲られるくらいだったのに。
何故だろう、最近はこういうのが多すぎる。
いきなり手首を握られて
「痛い!放して!」
思わず大きな声が出た。
「はん!古代だったら良いのかよ。」
「え?」
そんなこと・・・と言いかけた時。
「そこで何してる?」
通路に響く聞きなれた声。
振り向くと古代君が私と彼をいぶかしげに交互に見てる。
「ユキに何をしていた?」
「お前と同じ事だよ。」
「どういう意味だ。」
「役得だよなぁ。艦長代理は。オンナも自由になってよぉ。」
”彼”がニヤニヤしながら言う。
「何ぃ!」
「俺もご相伴に預かりたいモンだよ。」
どちらかがもう一言発すれば殴り合いになりそうだ。
「あの!」
私はなるべく冷静を装って”彼”に向かっていった。
「あの、私と古代・・・艦長代理とは、ヤマトの仲間であってそれ以上の特別な感情はありません。邪推しないで下さい。」
私にキッパリといわれて”彼”はそれきり黙って立ち去り・・・後には私と古代君がぽつんと残された。
「森雪、医務室に戻ります・・・。」
私が先に口を開いた。
「あ、ああ・・・了解した。森生活班長。」
抑揚のない声で古代君が答えた。
医務室に入ると中には誰も居なかった。
私はいつも佐渡先生が使っている診療机の上に突っ伏した。
医務室に向かう途中からずっと、古代君の顔が頭から離れない。
なぜ?どうしてこんな事に・・・?
いや、本当は知っていたはずだ。
『イスカンダルまで』と『イスカンダルから』とでは艦内の雰囲気が違っている事を。
そして思い知らされた筈だ。男性乗組員がどんな目で自分を見るのか。
イスカンダルで機関部員にさらわれた時。あの男が言った言葉。
・・・花嫁ハココニイル・・・
後は地球へ戻るだけ―そんな安心感が知らない間に私を油断させた。
ヤマトで出発する前沖田艦長に呼ばれた訳を、あの時の艦長の眼差しの意味をやっと私は理解した。
「ユキ、戻っていたのか。」
いつのまにか佐渡先生が医務室に戻って来ていた。
声をかけられて・・・そうだ。思い出した。あの時の。
何処かで見た事があるさっきの古代君の顔―。
地球への最後の交信の時、1人交信室で何も写らないパネルを見ていた時の、取り残された子供のような寂しそうな顔だ。
「ん?どうした?」
再び佐渡先生から声をかけられた。でも顔が上げられない。
嗚咽がこぼれそうになった私は突っ伏したまま首を横に振るしかなかった。
「ユキ。何があったんじゃ?」
優しく髪を撫でてくれる佐渡先生にやっと一言、言葉が出た。
「何でもないんです。本当に。」
私に新しい嘘がまた一つ、増えた。
「今日はありがとうございました。艦長から皆へ直に話をして頂いて、艦内の雰囲気も大分引き締まりました。」
艦長室でベッドで横たわる沖田に古代が頭を下げた。
「それはよかった。」
沖田は古代に笑いかけたが当の古代は頭を下げたままだった。
「私の力不足です。申し訳ありません。」
謝罪する古代に沖田は即座に言った。
「目的を半ば果たし又敵の襲撃の恐れもなくなった今、緊張感を持続させ艦の規律を保つのは容易なことではない。お前でなくてもな。」
古代は顔を上げた。
「何でも1人で背負い込むな。何のために我々が居る?」
「そうじゃぞ。」
ベットの脇で沖田の脈を測っていた佐渡が言葉を継いだ。
「ロートルをもっと上手に使え。」
「はぁ。」
曖昧な返事を返す古代に佐渡がしっしっと追い払うように手を振った。
「艦長はお疲れだ。お前は、もう、第一艦橋に戻った戻った。」
「はっ、はい!では、失礼します。」
古代は慌てて敬礼すると艦長室を後にした。
古代が出て行った扉を見つめながら佐渡がぽつりといった。
「若い。若すぎるのう。」
「彼の兄が・・・古代守君が26で駆逐艦の艦長になった時も『若い』と思ったが。彼はそれより更に若い。」
沖田は天井の向こう側に広がる星に目をやりながらつぶやいた。
「古代に限らず島も南部も太田もみんなみんな、よくやっとるよ。精一杯背伸びしながらもな。」
佐渡の言葉に沖田は静かに頷いた。
「じゃがなぁ、艦長。ワシはユキの姿を見ていて辛くなる時があるんじゃよ。」
ユキの名前が出ると沖田は目を伏せた。
「古代たちと同じように責任を背負って。男なら配らなくても良い気配りをして。悩みを分かち合える同性もいない中1人で頑張っているあの娘を見ていると、つい。」
佐渡は鼻をすすった。
「地球に戻ったら歳相応の彼らに戻してやりたいですなぁ。遊びに。恋に。・・・青春を謳歌させてやりたいです。」
「・・・そうですね。先生。」
「何を他人事のように言っとるんですか。あなたもですよ。艦長。」
「え?」
にやりとする佐渡の思いがけない言葉に沖田は振り向いた。
「どうです?新しい恋を拾われるというのも悪くないと思いますが。」
「私がですか?何を今更・・・。」
「人を好きになるのに年齢は関係ありません。違いますか?」
「・・・そうですね。熟年の恋というのも案外悪くないかもしれない。」
二人は顔を見合わせて呵呵と笑った。
次のワープで太陽系内に入る。そうしたら地球はすぐそこ。
あの、砲術員との一件があった翌日、大展望室に乗組員を集めて沖田艦長が話をされた。
本当に短いものだったが久しぶりに艦長の話が聞けて嬉しかった。
そして話の内容もさることながら、病気を押してみんなの前に立たれた沖田艦長の姿に私は気が引き締まる思いがした。
多分みんなも同じ思いだったのだろう。艦内の空気にまた心地よい緊張感が戻ってきた。
―それから。
あの一件以来「森さん」とか「生活班長」とか、誰も私を「ユキ」の名で呼ばなくなった。
私も役職名か苗字にさん付けで皆を呼んでいる。
ワープが終わり、医療器具の点検をしようとシートベルトに手をかけた時。
強い衝撃とそれに続いて警報音が艦内に響いた。
何があったのだろう。
「ちょっと見てきます。」
佐渡先生に声をかけ、外の様子を確認しようと医務室のドアを出ると古代君たちがコスモガンを手に駆けてくるのがみえた。
「古代君!」
「隠れてろ、ユキ!」
思わず口から出た『古代君』の言葉。
それに『ユキ』とごく自然に返してくれた・・・。
私の気持ちに関係なく事態はどんどん悪くなっていく。
艦内放送が事実を伝える。
ガミラス兵?
放射能ガス?
宇宙服着用?
さっき遭った古代君は何も被っていなかった!―私の中で何かが弾けた。
艦内工場に駆け込み、既に組み上がっていた放射能除去装置に取り付く私に向けて真田さんが叫んでる。
古代君・・・古代君・・・古代君・・・
指示を復唱しながら装置を起動させている間ずっと頭の中で彼の名前を呼んでいた。
「始動!」
合図と共にレバーを押すと装置全体に閃光が走った。
それが私が覚えている最後の光景だった。
漆黒の「夢ならぬ夢」から覚めた時、最初に目に飛び込んできたのは古代君の顔。
「私、どうしたの?古代君。」
「ユキ・・・ユキ!」
私の問いに古代君は私の名前を呼ぶばかりだった。
古代君はどうしてこんなに私を強く抱きしめるのだろう。
皆はどうしてこんなに優しい目で私と古代君を見るのだろう。
ガミラス兵たちはあの後どうなったのだろう。
何も解らぬまま、古代君に抱きかかえられていた私。
でも床に静かに下ろされて赤い地球を見た時一つだけ解った。
もう私は嘘をつかなくても、いい。
終
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