2004.02.23 up/2004.02.28 挿絵挿入

夜空の贈り物

作者注:この話は2003年12月に寓犬様のサイト「寓犬の宝箱」(当時。現・「incidentally…ついでながらこんなものでもいかがでしょうか」)に投稿した拙作に少々手直しを加えたものです。

 地球防衛軍司令部近くの広場。
 ユキがその一角のビルの壁に風を除けるように寄りかかって進を待ち始めて随分時が経った。暇潰しのお手軽小説も半分ほど読み終わってる。
 時計を見ると6時。冬の陽はとっくに暮れ、空にも雲がかかり始めていたので夜の帳の中にはビルの窓から漏れる明かりと街灯だけが光っている。
 しかしユキの待つこの広場だけは明るく照らされ、彼女と同じような人々が思い思いの場所に立っていた。

「やっぱり早く来過ぎちゃったわ。」
 待ち人が現れて笑顔で駆け寄っていく若い女の子を横目で見ながらユキはふうと溜息をつく。
「こんなに冷え込むなんて、天気予報で言っていたかしら。」
 指先にはぁっと息を吹きかけて再び本に目を落としたその時、
「ユキ!」
 自分を呼ぶ声に顔をあげると、防衛軍の外套に制帽といったいで立ちの進が白く息を弾ませて駆けて来るのが見えた。
ユキは本をバッグにしまうと進に向かって小さく手を振った。
「待った?」
「ちっとも。」
 ユキの目の前に立った進は足元に大きな航海用のカバンを置くと自分に向かって振られた彼女の手を取って両手で包んだ。
「古代君?」
 ビックリしているユキの指先はひんやりと冷たくなっていた。
「ごめん。随分待たせちゃったみたいだね。先に行っててもらえばよかったな。」
 ユキは握られた手を恥ずかしそうにそおっと引っ込めた。
「ううん。古代君が新しい街に疎いの知ってるのに病院で待ち合わせるのは嫌だって言ったのは私なんだから。」
 進は面目ないといった感じで手を頭にやった。
「用事はもう済んだの?」
「ああ。艦隊統括司令部で最後の会議が終わったよ。」
「やれやれ、って顔に書いてあるわよ。」
「知ってるだろう?僕がああいう会議嫌いなの。でも今回だけは感謝してるよ。」
「え?」
「ここまで呼び出されたお陰でユキとこうして会えたからね。」
 笑顔もつかの間、自分の言葉に照れたのか、すぐに真面目な顔をしてそっぽを向いた進の様子にユキは思わず吹き出した。
「急ぎましょ。もうすぐ予約を入れた時間よ。」



 再び地上に住めるようになってから一番に復興事業が始まったこの辺りは、人が集まるつれて商いを始める店の数も種類も増えていた。今日二人が夕食を取る事にしているレストランもそんな店のひとつだった。
 二人が店の扉を開けると、中は既に席が空くのを待つお客で一杯だった。
「予約して正解っだったな。」
「でしょ?」
 ユキは客の多さにビックリしている進を見てふふっと笑った。

 暖かい店内はもうすっかりクリスマスの装いだった。まだまだ物資が不足しているので天に星を頂いたもみの木もチカチカ光る電飾もなかったが窓ガラスには白い塗料で”Merry X'mas”の文字が書かれ、手に入る物で工夫して作られた手作りのリースが置かれていた。
 上着を預けロウソクに灯が点された席に付くと、ユキは向かいに座った進をまじまじと見た。
「どうしたの?」
「これが新しい艦艇勤務者用の制服なのねぇ。」
 ユキが感慨深げに言った。
「見るの初めて?」
「古代君が着ているのはね。」
「そうだっけ。」
「そうよ。」
 二人はどちらからともなく自分の為に注がれたワインで満たされたグラスを掲げた。
「お疲れ様」
「君こそお疲れ様。」
 決して豪華とはいえないけれど丹念に調理された料理が運ばれて来る中、二人はある時は笑い、ある時は感心しながらお互い今日の出来事を話した。

 食事もあらかた終わり、最後のデザートとコーヒーが運ばれてきた。コーヒーをすする進の前でユキがバッグから小さな紙包みを取り出した。
「ちょっと早いけどメリークリスマス。古代君、クリスマスにはもう地球にいないから。」
「え?」
 差し出された包みを目をパチクリさせながら受け取った進はすぐにバツが悪そうに言った。
「ごめん。僕は君へのプレゼントを何も用意していないんだ。」
 ユキは悪戯っぽく進を見つめた。
「ヤマトの出航が近くて、もうすぐクリスマスっていうことも忘れる位忙しかったんでしょ。」
「・・・。」
「二人で食事する時間を作ってくれただけで嬉しいわ。」
 進は頬をポリポリ掻く。
「開けていい?」
「もちろん。」
 進が包みを破らない様にそっと開けると中からは。
「これ・・・艦内用のグローブ?」
 ユキがこくんと頷く。
「古代君、前に『軍から支給されるのは質が悪くて使い心地が良くない』って言っていたでしょ。」
 型は古いが見ただけでも品の良さが分かる本物の皮製。はめてみると初めてにも拘らず進の手にしっくり馴染んだ。
ユキは少し俯くと言葉を続けた。
「本当はお揃いのマフラーか手袋とも思ったの。でもこの冬ずっと地球にいないんじゃ、ね。」
 チラッと進の方を見上げると、進は黙ったままグローブをはめた自分の手握ったり開いたりしていた。
「実用的すぎたかしら。」
「そんなことはないよ。・・・しかしよくこんな品が良く手に入ったなぁ。大変だっただろう?こんなに柔らかいの、昔兄貴が使っていたのを見て以来だ。」
「本当は私が見つけたんじゃないの。」
「え?」
「捜してもなかなか良いのが見つからないでいたら、ママが見かねて地下都市にいた時の知り合いの人に相談したの。」
ユキは恥ずかしそうに言った。
「ご主人が元・民間の宇宙船乗りっていうその人に『何処で手に入りますか?』って聞いたら『昔のですけどまだ一度も手を通していないのがありますからそれでよかったら差し上げます』って。なんでももう一度宇宙を飛ぶ日の為に、ってご主人が真新しいのを一組取っておいたんだそうよ。」
「そんな大事なもの、僕なんかが貰ってもいいのかな。」
「ママも本当に宜しいんですか?って聞いたんだけど、これからの人に使ってもらえる方がご主人もグローブも喜ぶって。」
「そうか。」
 改めてグローブを眺めていた進は急に手首の辺りを指差してユキに見せた。
「でもこれはユキがやったんだろう?」
 指し示した先、縫いつけられたタグの所に”S.KODAI”と、お世辞にも上手とはいえないが一針一針丁寧に名前が刺繍されていた。
「どうせ私は下手くそよ。」
 進は顔を真っ赤に染めていくユキにニッコリ笑いながら
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ。」
と言った。



 レストランを出ると外は更に冷え込んでいた。二人の吐く息が白い。
「古代君、ホントにいいの?明後日出航なんでしょ?私一人で帰れるわよ。」
「ヤマトには明日の朝までに戻ればいい。もう時間も遅いし、出航したらしばらく会えないんだ。家までちゃんと送っていくよ。」
 ユキは進の言葉を聞くと彼の左腕に自分の腕をそっと絡めた。
「行こうか。」
「うん。」
 二人は肩を寄せて歩き出した。
「いつ地球に帰ってくるの?」
「もしかしたら補給なんかで臨時に立ち寄ることはあるかもしれないけど、予定では任務終了は来年の9月の末だな。」
「そう・・・。今度古代君に会う時はもう秋ね。」
 ユキは目を伏せて進の左腕をきゅっと強く抱きしめるとそれきり何も言わずに歩いた。進もユキの腕を抱きしめ返すと真っ直ぐ前を見たまま黙って歩いた。
 街灯が照らす静かな夜道に二人の足音がコツコツと響く。

 ユキが絡めていた腕を解いて急に立ち止まった。
「どうした?」
 進も立ち止まって振り返るとユキが両手を空に向かって差し伸べていた。
「古代君。雪よ。」
「雪?」
 進もつられて空を見上げた。暗灰色の空からは目を凝らさなければ分からないほど小さな雪がホンの少し、降り始めていた。
「初雪か。・・・っ!」
 頬に落ちた雪の冷たさに思わず首をすくめた進の目に、雪の粒を掌に受け止めようと追いかけているユキの姿が飛び込んだ。
「あんまりはしゃぐと転ぶぞ。」
「だって、古代君、本物の地球の雪なのよ。・・・何年ぶりかしら。」
 追いかけるのを止めようとしないユキをしばらく目を細めて眺めていた進だったが、急に、ついさっきまでユキが腕を絡ませていた自分の左腕から彼女の温もりが消えてしまった事に気が付いた。




「ユキ!」

 強い口調で呼ばれてユキが振り返ると進が射抜くような視線で自分を見ていた。
「古代・・・君?」
ユキは怖いほど真剣な眼差しに思わずその場に立ち竦んでしまった。
「僕が」
 暫しの沈黙の後、進が口を開いた。
「僕が無事任務を終えて地球に帰ってきたら、僕との結婚、考えてくれないか?」
 進にはユキの顔が少し青ざめて見えた。そして顔を背けるように後ろを向いてしまったのを見てハッと我に返った。
「ごめん!ユキ。・・・こんな時に言う事じゃないよな。」
 弾かれたように駆け寄るとユキの肩が小刻みに震えているのが進にも判った。
「こんな約束で君を縛っておこうなんて、やっぱり、僕のエゴだ。1年も放っておく事には変わりないのにな。君の気持ち、何も考えていなくって・・・本当にごめん・・・。」
 謝る進の声は、最後には消え入りそうなっていた。

 まだ背を向けたままのユキの小さな肩を進が後ろからそっと抱くと
「今日の古代君って、変。」
とやっと聞こえる位のか細いユキの声が帰ってきた。
「ユキ?」
「謝ってばかりで、変。古代君はちっとも悪くないのに。」
 振り返ったユキは目を真っ赤にはらしながら笑っていた。そして唖然としている進の胸にそのまま顔をうずめて呟いた。
「古代君を驚かせようと思ってプレゼント用意したのに、私の方がビックリするプレゼントを2つも貰っちゃった。」
ユキが顔をあげると進はまだ目を丸くしたままだった。ユキは鼻をすすりつつクスリと笑うと進の鼻先を人差し指で軽くピンと弾いた。
「一つは古代君から。もう一つは・・・。」
 そういいながらユキは空を仰ぎ見た。進もユキを静かに抱きしめながら彼女の視線を追うように空を仰ぎ見た。

 夜空の贈り物は、残り少ない時間を愛しむ様に寄り添う二人の上に優しく優しく降り注いでいた。


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