2003.07.24 up

ドッグタグ

 古代ヤマト艦長代理が発案した彗星帝国内部への潜入・爆破作戦が決まり、突入メンバーに志願した俺達空間騎兵隊の生き残り4人は急いで宇宙用の戦闘服に着替えた。
 集合時間まであと5分  。格納庫で持ってきた装備を手早く身に付けていると、ついさっき着替える時に珍しく服に引っかけてしまったので外したドッグタグをポケットにいれたまま付け忘れている事に気が付いた。
「おっと、いけね。」
 俺は鎖を首にかけたあと、戦闘服の内側にしまう前に改めて鎖に通された2枚の金属片を手にとった。
 かぎ裂きに似た切込みのある、認識番号と名前が刻印された楕円形のステンレス板は今も昔も変わらない。野戦を専門とする俺達のものにはタグ同士がぶつかって音がしないように周りにシリコンゴム製のサイレンサーがつけられている。
 何を好き好んでかドッグタグをアクセサリーにしている輩もいるが、俺達は伊達や酔狂で身に着けているわけじゃあない。迷子札なのだ。俺達が屍になった時の。
 仲間の遺骸を持ち帰る事が出来ない時、俺達はそいつのドッグタグの1枚を口にかませてやる。そして残りの1枚を鎖ごとちぎって奴の代わりに持ち帰るのだ。
 残された身体はそのまま迎えを待ち続ける事になる。何時までも何時までも、長い年月が経ちそれこそ白骨になっても誰だかわかるようにタグをくわえたまま・・・。
 だから俺は何としてでも第11番惑星に行きたかったのだ。迎えを待っている仲間に『お前たちを忘れた訳ではない』と伝える為に。
 でも今回の俺達の場合はきっとこんな金属片1枚すら地球に戻る事は無いだろう。
 俺はタグの表面に刻まれた、俺である事を表す無機質な英数字の羅列を指でなぞった。しかし厚い手袋をはめた指先はその凹凸を感じる事は出来なかった。


 気配を感じて顔を上げるとそこには既に身支度を終えた古代の姿があった。
「斉藤。」
いつもの負けん気はどこへやら、何かまだ言いた気な顔に俺は苦笑した。
    俺の方から言い出したことなのに。全くこいつは。
 俺はドッグタグを急いで懐にしまうと古代の両肩に手を置いて軽く揺すりながら言った。
「しっかりしろ!これからって時にシケた面ぁしてんじゃねえよ。」
 古代は小さく笑った後きゅっと表情を引きしめて頷いた。肩に置いたままの俺の手に、奴の体温がじんわりと伝わってくる。
 俺は古代に2つ、感謝したい事がある。
 ひとつは時間が切迫しているのに無理を押して第11番惑星に立ち寄らせてくれた事。あの時は俺の帰りもかなりの危険を冒してそれこそ命がけで待っていてくれた。敵の攻撃の中、不慣れな雷撃艇でなかなか着艦出来なかった俺が思わず
「俺に構わず行ってくれ。」
と奴に言ったら逆に
「ばか!諦めるな!」
と怒鳴られてしまった。俺を怒鳴って無事でいるのは奴の他に俺の両親と佐渡先生位だろう。
 もう一つは今回の突入メンバーに参加することを許可してくれた事だ。
 そう簡単にくたばるかよ、とあの時は言ったが、古代が言った通り生きて帰れる保障が無いのは百も承知だ。でも俺はどうしても古代達と一緒に行きたかった。結果白色彗星帝国の連中とともに宇宙の塵と消えることになっても、今俺の手に伝わる温もりを守る事が出来るならば本望だ。だから悔いのない道を選ばせてくれた古代に感謝したいのだ。
 古代に礼を言うならもう今しかないのだが、面と向かっては何となく気恥ずかしかった。だから『ありがとう』の代わりに奴の肩をポンと叩いて
「こっちも準備完了だ、艦長代理殿。地獄の果てまでお供するぜ!」
といった。
 そして お前も一緒にな、とさっき懐にしまった俺のドッグタグに向かって心の中で呟いた。



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