2003.08.31 up

面影

「艇長、あと150宇宙キロで火星基地です。」
 隣の副操縦士がレーダーを見ながら進に報告した。
「わかった。あと少しで火星基地の管制下に入るな。管制宙域に入り次第到着予定時刻の連絡を入れよう。」
 そう答えると進は改めて操縦席の背もたれに体重を預けた。オートパイロットの入った第10パトロール艇は進達を乗せてすべるように目的地に向かって飛んでいく。
「これからしばらくは火星泊まりですね。」
溜息混じりにいう副操縦士に進は苦笑いしながら
「そうぼやくなよ、1週間の辛抱だ。それが終わったら地球で休暇が待ってるぞ。」
といった。
 地球に帰ればユキに会える。長い間会えなかった穴埋めをどうしようか  。進はユキの笑顔を思い浮かべた。


「まぁ基地以外に何もないところですからね。休暇前に無駄遣いしなくていいかもしれません。」
 不意に耳に入った、副操縦士の何気ない一言に進は胸を衝かれた。
(何もない、か。)
 進にとって火星は何もないところではなかった。厳しい訓練を受けた観測基地があり、イスカンダルからはるばるやってきたサーシァが眠っているところだった。
(3年前のことなんだなぁ。)
 進にとってはもっともっと昔の事のように思えた。
 島と二人で過ごした観測基地での半年間。毎日毎日カリキュラムをこなし、訓練学校を卒業すれば、宇宙へさえ出られれば何とか出来ると信じていた、いや、信じようとしていた日々。そんな訓練もあと少しで終わりを告げようとしていたあの日サーシァは現れた。
 墜落した宇宙船のそば、扉が開いた脱出ポッドの前で彼女は息絶えていた。長い金の髪に少し憂いを含んだ少女の面差しを進は今でもはっきり覚えている。
 彼女と遭った日から全てが変わった。絶望しかなかった地球に一条の希望が差し込んだ。進と島が乗り組む為に訓練していた宇宙戦艦ヤマトは「地球を脱出する為の艦」から「地球を救う為の艦」に変わった。そして彼女の事を報告する為に防衛軍司令部に出頭した帰りに看護婦姿のユキと出会った。
 進は考える。もしサーシァが来なかったら・・・地球は?自分とユキは?
 勿論今の地球があるはずがない。人類は広い宇宙のどこかをさまよっているだろう。もしかしたらガミラスによって脱出した船すらも撃沈されて人類は全て滅びているかもしれない。
 ユキとは脱出船としてのヤマトでやっぱり出会っていたと思う。でも  。ユキと過ごした様々な瞬間が浮かんでは消える。今のようにお互いを大切に思うような関係になっていたとは限らない、と進は思った。進には”今”の全てがサーシァから始まった気がしてならなかった。
(でもサーシャはこんな地球になることを望んでいたのだろうか。)
 都市には科学の粋を集めたビルが林立し、人々は宇宙から運びこんだ豊富な物資で快適な暮らしを楽しんでいる。しかし一歩市街地を出ると未開発エリアと称する荒地が広がり最奥部にはまだ放射能汚染の残る地区すらある。地球全体からすれば自然環境の回復は進んではいないのだ。にもかかわらずそれには目をつぶり地下都市での苦しい生活を忘れたかのように機械文明による繁栄を謳歌する地球人類。
 サーシァの想いはともかく、彼女の故郷であるイスカンダルの豊かな自然を目にした進が抱いた地球の未来とはかけ離れている事だけは確かだった。
「こんなはずじゃなかった。」


「今何かいいましたか?艇長。」
「い、いや別に。なんでもない。」
 思わず口から出た独り言を隣の副操縦士に聞かれた進は慌てて打ち消すとコンソールのホルダーから水の入ったボトルをとって一口飲んだ。
(危ない、危ない。)
 以前パトロール隊の待機室で進が同じように一人ごちた時には周りから冷やかされて大変だった。
『古代、昔を振り返るようになったらお終いだぞ。』
『それだけ歳を食ったってことか。』
(俺はまだ21だぞ、21!ジジイ扱いするなよ!サーシァの事を思い出したのだって、きっときっと・・・。)
 進の脳裏に赤ん坊の姿が浮かんだ。
 火星に眠る少女と同じ名前をもつ姪っ子。ヤマトに最後に乗艦した時、救助した兄・守が連れていた赤ん坊が亡くなったスターシャとの間に生まれた一人娘・サーシャだ。
 髪の色と長い睫毛以外の外見は父親そっくりなサーシャだが笑顔は母親譲りだった。地球への帰路、イスカンダルを救えなかった虚脱感からともすれば暗くなりがちの艦内も守やユキに連れられたサーシャが笑うと空気の色すら変わるような気がした。そんなサーシャを皆が愛して地球に戻る頃にはすっかりヤマトのアイドルになっていた。
 進はといえば勤務中は艦長代理として厳しく振舞っていた。少なくとも本人はそのつもりだった。しかし隣の席に座る島に
「古代、頬が緩みっぱなしだぞ。叔父バカだな。」
とニヤニヤしながら耳打ちされてハッとすることが幾度もあった。
 実際進はサーシャが可愛くてしょうがなかった。だから地球に戻ったら守とサーシャの為にどんな協力をも惜しまないつもりでいた。それなのに。


 守の顔を思い出した途端、進はしかめっ面になった。
 地球に戻ってからサーシャの行方は分からなくなってしまった。守からは
「地球の環境がサーシャの身体に合わないので然るべき所へ預けた。」
とだけ言われて何処にいるのかは未だに教えて貰えずじまいだ。
 父親である当の守はといえば防衛軍司令本部の先任参謀としてまるで娘の事は忘れてしまったかのように仕事に打ち込んでいる。その結果がヤマトの退役であり、艦隊の無人化推進かと思うと余計に進は腹が立った。
(俺には兄貴の考えている事が分からないよ。)
 進がパトロール艇に乗っているのも艦隊が乗員を必要としなくなってしまったからだ。地球や各惑星基地でのデスクワークは遠慮したいし無人艦隊のコントロールセンター勤務は真っ平ごめんだった。宇宙を飛ぶためには輸送隊で物資や人員の運び屋になるか、観測隊で科学省から委託された観測船にのるか、各惑星近辺をパトロールするパトロール隊に行くかのどれかだった。進は迷わずパトロール隊勤務を選んだ。
 かれこれ半年経ち、仕事になれてきた今でも守の事を許した訳ではない。それでも進には、地球に戻った折に時々見かける守の溜息が自分のそれと同じ類のモノのような気がしてならなかった。
(今度の火星滞在中にサーシァのところへ行こう。)
 サーシァが手にしていた通信カプセルを回収し宇宙船の残骸から収集出来うる情報を全て集めた後、進は島と二人で宇宙服での活動時間が許す限り穴を掘り、彼女の身体を火星の大地に埋葬した。本当は一刻も早く地球に調査結果を報告しなければならなかったが火星の気象はとても過酷で彼女をそのままにしておくのは忍びなかったからだ。
 火星基地には管制官として訓練学校時代の同期がいるから飲みに誘われる事もあるだろうが滞在中には休みも1日あるからその時にでも探査車を借りて行こうと進は思った。
 火星基地が再建されるのと同時にサーシァの墓もちゃんと整備されたと聞く。彼女と出会った場所で色々と見つめ直そうと思う。地球の事、自分の事、ユキの事、兄・守の事、ヤマトの事・・・。


「火星基地の管制宙域に入りました。」
 副操縦士の声で我に帰った進は無線を火星基地の周波数帯に合わせるとマイクのスイッチを入れた。
「こちら第10パトロール艇・艇長古代。あと55分で火星基地に到着する。」
「こちら火星基地、了解。ダイレクトに進入せよ。」
 火星基地の管制官は型にはまった応答をすると急に言葉を和らげた。
「まっていたぞ古代。美味しいワインがあるんだ。今夜一杯・・・」
 同期生の、声の出迎えと早速の酒のお誘いに進の表情も思わず緩む。しかしその後の言葉は途切れたまま雑音だけがコックピットの中に響いた。
「どうした!?火星基地!」
 火星基地からの応答がない事に胸騒ぎを覚えた進は
「エンジン全開!火星基地に急行せよ!」
と指示をだした。
(単なる電波障害なら良いのだが。)
 この時進は、新たな災いが地球に、そして進自身に降りかかりつつある事をまだ知らなかった。




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