2008.09.07 up 桃花(1)その頃の地球は戦時下にあった。謎の敵・ガミラスの攻撃を受け、それに対抗すべく世界各国の宇宙軍による国連軍=地球防衛軍が組織されたが、科学力の差は如何ともし難く劣勢を極めていた。 それでも各国で多くの若者が侵略者との戦いに志願し、日本でも宇宙戦士の養成機関である宇宙戦士訓練学校を目指すものが増えた。古代守もそんな志願者の一人であった。 守が訓練学校に入校した年の暮れ、1つの小さな隕石がアメリカ大陸に落下した。 地表への被害を防ぐべく、落下予測に基づき発射されたミサイルをものともせず大気圏に突入した隕石は、地表に激突した地点から半径50キロの範囲を破壊しつくし、未知の放射性物質を撒き散らして一帯を不毛の土地にした。 これが後に遊星爆弾と名づけられる、兵器として改造された小天体によるガミラスの新たな攻撃の始まりだったのだ。 地球上へも戦火がひたひたと迫る中、守たちは新しい年を迎えた。戦況は厳しさを増し、地球本星への攻撃もあったが、日本への直接の被害はなく、まだどこか微かにのどかな空気が残る中厳しい訓練を積み重ねていた。 「おい、真田。今日は酒保が開くから飲みに………。」 第一学年もあと1ヶ月を残すのみとなった週末、守は課業後の夕食後に共にビールでも飲もうと級友である真田志郎を誘いに真田達の学生班の居室を訪ねた。 真田は訓練学校の下部組織である予科から採用試験をトップで合格して入校した訓練生で、四肢を全て義肢に置き換えていると言うハンデを負っている。しかし彼は全くハンデを感じさせないどころか(勿論だからこそ訓練学校の身体検査に合格したのだが)時に健常者以上の身体能力を示した。 非常に優秀で、ゆくゆくは訓練学校出身者としては数少ない技術士官になるであろうと目されているが、どちらかといえば無口の部類に入る男である。しかし、守とは教養課程や共通訓練ぐらいしか共に学ばないにもかかわらず、すぐに意気投合して親しい口をきくようになった。 室内を覗くと他の学生班の班員は既に食堂へ行った後らしく、真田一人だけが残っていた。2段ベッドの下段に座り、傍らに封が切られた封筒を置いて手にした厚手の書状らしきものを眺めている。 (真田に手紙?珍しいな……。) 無表情の真田の、近寄りがたい雰囲気に守はそのまま口をつぐんでしまった。 入り口に立っている守に気が付かないのか真田は暫くそのまま書面に目を落としていたが、読み終わって瞑目すると案内状を封筒に戻し、封筒ごとびりっと裂いた。更にもう一度と真田が指先に力をいれひねろうとした時。 「あっ。」 思わず駆け寄りその手の中の手紙を取り上げられて真田はようやく守の存在に気が付いた。呆気にとられて見上げる真田に困惑の色を隠せない守が尋ねる。 「どうしたんだ、一体。」 訓練学校入校中はダイレクトメールの類が本人に渡される事はまずない。手に届くのは親族や友人からなど、親しい人物からのものだけだ。つまり、いきなり破くような内容の手紙のはずはない。 守の問いには答えず、真田は前を向き床の少し離れた辺りを見つめた。守が差出人をみると真田姓の男性と女性の連名だった。その名前と真田を何度も見比べる。 「この手紙、お前のご両親からのじゃあないのか?」 薄墨の墨字で宛名が書いてある白一色の封筒に入れられた厚手の書状。法事の案内ではないのか。 「………ああ、親父とお袋からだ。亡くなった姉の十三回忌をやるから来い、と。俺に電話は掛け辛かったんだろう。実家には近寄らないからな。最後に行ったのは何時だったか……訓練学校の入校手続きの署名と捺印も郵送で済ませてしまったからな。」 膝の間で手を組み視線を床に落としたまま真田は何でもない事のように言った。 (そういえば……。) 真田が夏休みも冬休みも守が帰校前に既に学生隊舎にいた事を思い出した。その事を真田本人は『個人的な研究が忙しくて早めに戻った』とか何とか言っていたはずだったが。 (実家に『帰る』じゃなくて、『行く』、か。) 真田の抱えているものの根深さを感じずにはいられない。破られた封筒を手にしたまま守は真田の隣に座った。 「お姉さんが居たのか。でも、だったら尚更……。どうして破ったりしたんだ。」 「出席するつもりがないのだから、もう、用済みだろう。」 表情一つ変えず淡々と答えていた真田であったが、納得いかない、という守の視線を感じてか床の一点に落としていた視線が次第に移ろい始めた。その間何度も瞬きしている。 どのくらいの時間が経ったのだろうか。ようやく真田が顔を上げ、初めて真っ直ぐ守の顔を見た。 「法事に出ないのは……姉さんが死んだのは俺のせいだからさ。」 真田の答えに守の目が大きく見開かれた。真田が皮肉めいた笑みを浮かべる。 「―――お前は覚えているかなぁ。12年前に月の遊園地で起こったロケットカーの衝突事故。月面遊園地では初めての大事故だったから当時は大きく報道されたはずなんだが。」 「………あ、ああ。微かだが覚えてる。」 「あの時の死者・一名が姉さんで重傷者の一人が俺だ。」 淡々と話す真田の、その唇が僅かに震えているのを見て守は胸が塞がれる想いがした。 「俺が操縦していたロケットカーの事故で姉さんが死んで……姉さんを溺愛していた親父の落胆ぶりが……子供の俺の目から見ても大きいのが判った。俺の顔を見る度に姉さんの事を思い出して親父が荒れて……入院した俺の面倒と、退院後のリハビリの為の通院や訓練の補助で疲れ果てていたお袋と喧嘩になった。俺のせいで家族がばらばらになっている―――居たたまれなくなった俺は家を出ることを考えた。そこで見つけたのがここの予科さ。勉強も出来て幾ばくか給料も貰える。俺がいなけりゃ親父とお袋も喧嘩をしなくなる。良い事ずくめじゃないか。受験の話をし、願書を両親に差し出した時、お袋は泣いて止めたが親父は黙って願書に署名してくれたよ。そして俺は予科を受験して合格し、中学卒業と同時に家を出た。――その俺が今更親父やお袋と会ったって……お互いに気まずい思いをするだけさ。」 「……しかし!」 真田の話を聞いた守はそれでも語気を強めて反論した。 「子供に会いたくない親なんていないと思うぞ。それにお前がロケットカーを操縦していたからって……事故の原因はお前じゃないんだろう?だったらお姉さんが死んだのはお前のせいじゃ――。」 「確かに事故の原因は俺のせいじゃない。」 真田が苦笑いして答えた。 「予科に入ってから俺はあの事故の事故報告書を読んだ。当時軌道上にあったロケットカーの一機がポイントの動作異常で誤って保守用の軌道に誘導された。……通常なら異常があった時は全て自動停止するはずのロケットカーが停止することなく走り続け、これもポイントの動作異常で反対周りに誘導され保守軌道から通常軌道へと出てきて逆走し、走行してきた俺のロケットカーと衝突した。それが全てたった1つ部品の故障から始まっていたんだ。1つ100円もしないような部品の故障で……当時の最新の技術で作られ、最新の安全対策が為されていたロケットカーが姉さんの命を奪い、俺の手足も奪った。そして俺は……何度か義肢装着手術を受けリハビリを経て今こうしている。―――皮肉な話じゃないか。人間が生み出した科学は、姉さんを殺す一方で、一度は失った身体の自由を俺に与えている。」 真田は守を睨むように言い放った。 「そんな傲慢が許されていいはずがない!科学の傲慢に人間が振り回されてたまるか!……俺は姉を殺した科学に挑戦し屈服させる事を心に誓った。だがな……。」 守が見つめる中、真田の表情が崩れていく。 「姉さんが死んだのはやはり俺のせいだと思えてならないんだ。姉さんは元々ジェットコースターだのロケットカーだの、猛スピードで強いGのかかる乗り物はあまり好きじゃなかったんだ。それを俺に付き合って……。どうしても自分で操縦すると譲らずに操縦席に座りロケットカーを飛ばす俺の隣で姉さんは怖がって椅子にすがっていた。もし俺がロケットカーに乗ると言い出さなければ、俺ではなく姉さんが操縦していてあんなにスピードを出していなければ……姉さんは今でも生きていたかも知れない。」 真田はそこまで話すと、守が眉を寄せて話を聞いているのに気が付いて笑いかけた。 「まぁ、そういう訳で俺は今さら姉の法事に顔は出せないんだ。―――辛気臭い話をしてすまなかったな。酒保が開くんで誘いに来たんだろう?」 立ち上がった真田は守にも立つ様目で促す。 「あ……ああ。」 曖昧に頷いた守は破かれた封筒をポケットにねじ込むと、既に歩き始めていた真田の後を追った。 (2)へ |
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